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養生今昔 6月~良い医者の選び方~

2020.6.3

貝原益軒の考える理想の医者の姿とは…?200年以上も前の江戸時代と現代を比較して、どのように変化したのか、はたまたしなかったのか。『養生訓』から探ってみようと思います。

貝原益軒の考える理想の医者の姿とは…?

200年以上も前の江戸時代と現代を比較して、どのように変化したのか、はたまたしなかったのか。

『養生訓』から探ってみようと思います。

 

「医は仁術なり」

仁術とは、「仁」を行う方法のこと。

「仁」は儒教の根本思想で、自他の隔てなく、全てのものに対して親しみ、慈しみ、情け深くある思いやりのことです。

江戸時代に盛んに用いられた考え方ですが、さかのぼれば平安時代からあった思想だそうです。

近代医学では、病気を細部にわたって診断し治療するという姿勢が主流ですが、近年病気を診るだけではなく「人を看る」ことが大切と言われ始めています。

平安時代から変わらない…?実行するのは難しいということなのかもしれませんね。

 

医者の種類

貝原益軒は、「医は仁術なり」の考え方を基に、医者を幾つかのタイプに分類しています。

 

  • 良医
    良い医者のこと。
  • 庸医
    とるに足らない医者、藪医者のこと。
  • 俗医
    世間の医者のこと。
  • 福医
    「医者に学問は必要ない」として学ばず、口が上手く取り入るのが上手。権力や財力のある家にへつらって近づき、虚名と富を得る医者のこと。時医とも言う。
  • 草医
    福医をうらやみ、富貴の家にへつらい、時の富を得ようとするがうまくいかない医者のこと。
  • 君子医
    人のために医術を行う医者のこと。
  • 小人医
    自分のために医術を行う医者のこと。

 

医者の家系だからといって、才能の無い者が医者になるべきではない。人それぞれ向いた職業があるので、そちらを選ぶべきだとも言っています。

どうですか?それぞれのタイプの医師は今でもいそうですよね。

テレビの医療ドラマには、たいてい各タイプの医者が登場して、バトルを繰り返しながら物語が進行していきます。永遠のテーマなのでしょうか。

 

良医になるためには

一人でも多くなって欲しい良医。どのような学びや心構えが大切なのでしょう。

博(ひろき)と精(くわしき)が医学の要

幅広い知識とそれぞれを詳しく追及精査することが大切であると言っています。そのためにはまずよく学ぶこと。

儒学の書物や他の文学をよく読むことを推奨しています。漢文が読めないといけないということです。当時の優れた医学書は主に中国で書かれたものなので、漢文が読めないと、真の意味を理解することができないとしています。

また、文学を読まなければ医術が上達しても、「理=物事の道理」がわからないので、技術は低いと言わざるを得ないと言っています。

そして、たくさん学んでも「精思の工夫」が無ければ理が通らないとしています。

精思とは、集中して深く考えること、工夫とは良い方法を得ようと努力することです。

書かれているものをそのまま鵜呑みにするのではなく、しっかりと考えて理解しそこから自らの考え方を導かなければならないということなのでしょう。

良医になるためには、10年間、優れた医学書を読み学問することで医道に通じること。そしてその後10年間、病人や病症を多く診て学ぶことが必要だとしています。

その間、近代日本(当時の)の先輩名医の療術を学び、日本の風土や時代の変化を知ることも大切だとしています。

古法を知って、風土や民族の特性を考えて医療の術式を考えなさいということです。

古法を知らずに今の様式だけを求めることを「鑿(うがつ)=穴をあけること」と言い、古法に執着して新しいものを受け入れないことを「泥(なずむ)=にごること」と言っています。

温故知新ですね。

 

医術上の三要素

医術に必要な三つの要素です。

 

  • 病論
    病気の理論を書物などで学ぶこと
  • 脈法
    身体の働きを知ったうえで、病人に触れて診断すること
  • 薬法
    薬草の特性や薬効や使用法を学ぶこと

 

病人は各個人がそれぞれ違うので、よく診てその人に合った診断や投薬を行うことが大切だとしています。

薬草に関しては、医者ではなくても学んで使用することができます。しかし、重篤な病や怪我の場合は良医による診断と投薬を待つことが良いとしています。

なかなか医者に診てもらうことができない場合や、医者の到着を待つまでの間、知識があれば対処することも可能です。一般の人々も薬草の利用法を学んで、間違いの無いように使用することは生きるための知恵として大切だとしています。

現代でも同じですよね。重篤な場合は医師の診断を待ちますが、普段のちょっとした不調には、学んだ薬草学を応用していく知恵を持ちたいと思います。

 


江戸時代と現代とを比較して、日本の医療界はあまり変わっていないという印象を受けます。

コロナ禍の中、たくさんの素晴らしい医師たちの姿を目にします。その方たちは間違いなく良医なのでしょう。でもそうでない医師、人命よりも地位や名誉を大切にする医師も多くいそうですよね。

歴史を遡っても同じテーマが繰り返し話題になるということは、残念ですがこれからもずっと変わらないということなのかもしれません。

私たち一人一人が見極める目と、生きるための知恵を身につけなければならないということなのかもしれません。

将来、病気の診断や投薬だけではなく、医師の良し悪しもロボットが判別してくれる時代が来るかもしれません。未来が少し楽しみです。